ここ数年、とんと下北沢に行かなくなってしまったのは、住まいが遠くなってしまったからで、下北沢で飲んだら必ずタクシー帰りになるから、あらかじめ行かないのは賢明な手段だ。その前は下北沢から歩いて帰れるところに住んでいたから、その心配はなかった。その前にやはりタクシー帰りが過ぎたので、いっそのことと越したのだった。
何故に下北ばかりで飲んでいたかと言うと、それはそこにロックバー・ストーリーズがあったからに他ならない。
学生の時、小田急線の車窓から、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナの看板を掲げた店が目に入り、いつもそこに行きたいと思っていた。同郷のMもその店が気になっていたらしく、2人で示し合わせて行ってみた。いくらヴェルヴェットの店と言え、田舎からぽっと出の学生には敷居が高く、ドアを開けるのに大いに緊張した記憶がある。
今でも変わらないことだが、ストーリーズはCDをかけない。アナログのLPを片面ずつかけてくれる。かかるレコードは主人の気のままだが、あればリクエストにも応えてくれる。初めて行ったとき、Mはマッチング・モウルのファーストをリクエストしていたが、そのときは確か店になかったと思う。けれど、見たことのないレコードをたくさんかけてくれた。望めばジャケットを手に取らせてくれるし、質問をすると主人は愛想よく答えてくれるし、絶賛もすれば、批判もする。今より何百倍もロックに対して貪欲だったぼくは、そんなストーリーズが楽しくて堪らず、その後10年以上にわたり足繁く通い詰めることになる。その間、先述のように近くに家を越したり、しまいには店番を任されるようにもなった。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドに端を発するオルタナティヴなロックだけでなく、主人の趣味でイギリスのフォーク(トラッド)や、アメリカのSSW系のレコードもよくかかった。ケヴィン・エアーズがよくかかるのも特長のひとつだった。要は主人の趣味なのだが、ここで初めて聴いたレコードは数知れず、気に入ったものは中古レコード店で目にしたら必ず引っこ抜くようになった。この頃のぼくのレコード・コレクションはストーリーズのコレクションと近いようなものになっていたはずだ。
お客さんもやはりロック好きが多く、客のその日の戦利品、つまりユニオンかどこかで引っこ抜いてきたブツをツマミに飲むのも楽しみであり、オリジナル盤はどうのこうのということを教えてくれたのも、ここのお客さんであった。思えらく、現在のぼくの友達の多くはこの店を介して識ったのであった。
そしてもうひとつ、ここの主人は自らもバンドをやっていた。初めて店を訪れてから間もなく、主人のバンドを観に行ったら、ヴェルヴェットの"SISTER RAY"を演奏していたので驚いた。当時のぼくには"SISTER RAY"のような曲を演奏していいという観念がまったくなかったため非常な感銘を受け、すぐに真似をした。先のM等とヴァニシング・クリームというバンドを結成し、"SISTER RAY"を演奏しだしたのだ。主人のバンドと対バンを始めるようになると、"SISTER RAY"はヴァニシング・クリームのレパートリーとして譲ってくれた。ぼくらは大音響でGのワンコードを奏で、弦が切れ、爪のつけねが割れて血が出るまでギターをかきむしった。
社会に迎合しながら仕事中心の生活を営んでいると、ぼくは彼らとちょっと違うなあと思うことが時々ある。知らないうちにロックに魂を売ってしまったのかなあなんて考えてみたりもする。もしそうだとすると、いつかストーリーズで飲んでたときに、なんかの弾みで売っちゃったんだろうな。
ここ数ヶ月、そのストーリーズにまたちょくちょく顔を出すようになったのは、下北沢のスタジオでリハーサルをしているからだ。
ストーリーズの客が中心となり、一夜のライヴが企画された。ずーっとストーリーズには行ってなかったのに、ありがたいことに声がかかり、それも主人がぼくの名を出してくれたそうで、その縁でビューティフル・ルーザーズ
というバンドでギターを弾くことになった。組織したのは佐藤くん。ぼくらは、佐藤(ds)、榎本(b)、星屋(key)、信岡(g)をバックに、玄徳がハンドマイクで熱唱し、ゲストでマンドリンと女性コーラスも入り、カヴァー曲のみを演奏する予定。ストーリーズの客として長い秋山徹次や、しばらく店番をやっていたスズキジュンゾ等も出演。ストーリーズ主人のバンド、モデラート・カンタービレもこのために6年振りの活動を再開した。
日時:10月15日(土)23:00 OPEN
会場:
下北沢THREE料金:1,500円(ドリンク別)
出演(順不同):
モデラート・カンタービレ
秋山徹次
ロストハウス
高津守
ビューティフル・ルーザーズ
高等ユーミン
スズキジュンゾ
咽笛チェインソ2
ストーリーズに行ったことがない方でももちろん大歓迎なので、ぜひどうぞ足をお運びください。深夜の長丁場ではありますが、ちょこっと飲みに行くくらいの気持ちでどうぞお気軽に。