MOND'RIEN DISCOGRAPHY LIVE SOUNDS DIARY BBS LINKS CONTACT

MONDLOGUE

モンドリアンのメンバーによる雑記
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
テレビと動物
新年早々たっぷりさぼってしまった。
年末年始はいつも調子が悪い。勤人でもないのだから「ホッとひといきついて」という意識などおこるはずないのに、世間の空気に流されてしまうのだろうか。昔からこの時期は常に半病人だ。

というわけで正月は例によって寝正月、ダウナーのお供はやっぱりテレビ。
せっかく加入しているスカパーもほとんど利用すること無く、地上波のお笑い番組を各芸人のネタを憶えるぐらい見倒した。

とにかく子供の頃からテレビばっかり観ていた気がする。
もう好きとか嫌い以前にテレビがついていると落ち着く。夕食時などは食器のひとつといってもいいぐらい垂れ流す。ちゃんと集中して観るというよりだらだらと流していたいので、映画とかでは無く、どうでもいいバラエティを選ぶことが多い。
子供の時は僕が寝る時でもふすまの向こうで父が深夜番組を観ていた所為もあるが、テレビが無いと寝付きが悪かった。
もちろん何か創ったりする時は僕にとっても邪魔者でしかないものだから、それだけ自分はボーっとしていたいのだろう。だからこんなにも低俗なのだ。

それにしても動物を扱った番組を観てると、どうして気分が高揚するのだろう。今日も観た。変に脚色された、やれ可哀想だのほらマヌケでしょといったものは、それはそれで泣いたり笑ったりもするが、そういうのよりも、ただその動物がその動物なりに生きているだけの映像の方が観ててじわっと来る。具体性は無いが何か気持ちの良い勢いみたいな物を思い浮かべて、僕は憧れてしまう。
例えば人間にオモチャにされているペットや棲む場を追われた種類など、彼らが置かれている背景や世界観を思えば、ぬくぬくと食卓から傍観している自分との不公平さや、己の不誠実さを感じないわけにはいかないが、どんな状況であってもひたむきに餌やぼんやりする事を求めているように見える動物は本当に清清しい。
こんなことを書いている時点で僕のようなタイプの人間は愚かで救われないのだろうが、仕方が無い。

去年はよく動物園に行った。
昔は動物園というと、動物観たさに足を運ぶくせにいざ着いてしまうと「こんなところに居るべきじゃない者が見せ物に…」なんて暗い方向に意識がいってしまい、悲しくてやりきれない気持ちになったものだが、最近はそういう気持ちが麻痺してきたのだろうか、積極的に目に見える楽しさに没頭出来るようになってきた。
家族連れの人間の赤ん坊ウォッチングも兼ねられるということもある。
去年の収穫はとにかく多摩動物公園だった。パスポートまで作った。
あそこは動物園にしては各舎に余裕があって、居る方も(もちろんささやかではあるだろうが)ストレスがマシなのかも知れない。
あと動物“公園”というだけあって公園的な楽しみもある。叶うわけは無いがキャンプが出来そうな場所も結構あるのだ。夜中に身近に獣のうめき声を聞けたら、とか想ってしまう。

でも今は冬。動物達は寒いだろうな。
僕は自分の部屋でさえかなり寒い。
例えば路上の野良猫達はホント凄い。
自前の体毛だけなのに。お湯だって無い。医者も薬も無い。
いやはやつくづく比べ物にならない。
| nobuoka | 森 一久 | 23:59 | comments(0) | - |
Les Uns Et Les Autres
今日は用事があって新宿に行ってきた。
明日クリスマスイヴの休日だったので大変な人ごみだった。

渋谷だの新宿だのは何かと立ち寄らねばならない事が多い。
独りだと何故か急ぎ足になってしまう僕は、雑踏の中をゲーム感覚ですり抜けていくのが好きだ。靴の踵をフル活用してバシバシ方向転換してトリッキーに抜けていくのだ。これを意識し出すと雑踏のうっとうしさを忘れる事が出来る。

繁華街に群れる人々の嫌な要素というのは、何人か連れ立ったグループなんだと思う。彼らがテキパキ急ぐこと殆どないし、道に広がったり、場合によると多立ち止まって道を塞ぐ。緊張感が希薄なのだ。
単独行動の人はどんな人種でもたいていちゃんと移動する。周りの人への気づかいも普通に行える。面識のない独り独り集まりだったらもうちょっとみんなが行動しやすいのではないだろうか。

この季節、繁華街はいつにもましてカップルや宴会目的のグループの比率が上がり、すり抜けゲームの難易度はかなり高い。
でも今日、用事が終わって急ぐ必要が無くなった帰り道、年末の雑踏でクラゲのように流されていると、なんでだろう、不思議な楽しさまでうっすら感じた。
| nobuoka | 森 一久 | 23:55 | comments(0) | - |
UNTITLED (16th Dec.2004)
明日はライヴ
明後日もライヴ

前の日は落ち着かない
何回やってもいくつになっても落ち着かない

パッドはベタついてないか?
リードはもちろん3と1/2
どれがメインでどれが予備?
ストラップとコルクグリースも忘れるな

バッグはいくつにまとめよう?

ところでいったい何着よう?
きっと暑い
だけど同じTシャツも飽きた

ところでいったい何着よう?
帰りは寒い
一応着替えと帽子もいるかな?

洗面具とタオル
テーピングテープ
録音機とマイク
筆記用具
ピルケースには鎮痛剤と胃薬

ついでにあれも
ついでにこれも
ついでにあれも
ついでにこれも

それはともかく
セットリストはこのメモでいいのか?

準備完了と思えたことがない
準備完了と思えたことがない

Oh no! 僕はいつでも面倒臭い奴
Oh no! 僕は全く面倒臭い奴

+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
…というのを英訳して歌詞にするなんてのはどうだろう。
| nobuoka | 森 一久 | 23:59 | comments(2) | - |
STRANGERS WHEN WE MEET
最近近所のファミリーマートが閉店した。
そこは環七沿いとはいえ道路の裏手にあるので集客条件も悪く、近所の知ってる客しかこないような、同チェーンの中でもひときわ地味な店だった。ファミリーマート・チェーンとしてはリストラの一環ということだろうか。
しかしまさに「地域に根ざした」お店は気さくな店長以下、アルバイトの人たちもみんな感じが良く、僕は好んでちょくちょく利用した。
最近はどのコンビニでもレジ係の態度は善くなったと思うが、その店は群を抜いて接客が丁寧で、といっても会社っぽい嘘っぽさじゃ無く、妙に古風な感じが好きだったのだ。
特に夜間には馴染みのスタッフが2名いて、彼らは2人とも時々丁寧が過ぎるのではと思うほどの仕種でおつりを渡してくれたものだ。「ありがとうございました」という声も抑制されて畏まった感じ。ついついこちらも会釈を交えつつ受け取ってしまう。変だけど心地よいというか。
別に私語を交わす訳でも無いのだが、彼らと僕は暗黙の安らぎを共有してたような気さえする。

偶然しばらくご無沙汰してたのだがダモさんのライブから帰った朝方、例によって立ち寄ると、電燈も半分落とされ商品も殆ど片付けられて閉店告知のはり紙がウィンドウに張られていた。店の前のゴミ箱を片づけていたいつもの丁寧さんの片方に訊くと閉店とのこと。のこり少ない商品の中から買いたかったミルクを持って最後のレジに立った。
ついうっかりとおセンチになって「ここはみなさん丁寧で好きだった…云々」とか言って握手までしてしまった。彼は恥ずかしそうに最後のおつりをやはり会釈を交えて渡してくれた。

しかし名札の名前を憶えておこうと思ってたのが今日にはもう思い出せない。
| nobuoka | 森 一久 | 23:59 | comments(0) | - |
Still Life In Mobile Phones
義父が携帯電話を購入したそうだ。
しかし案の定「メールの使い方がわからない」と家内に電話が。
説明を試みるが、そもそも僕も家内も携帯メールは不得意だし、ワープロもパソコンも経験の無い義父にはうまく説明出来なかった。AUのサービスステーションで一度説明してもらったそうだが、やはりいざ使うとなるとさっぱりわからないらしい。もう一度サービスステーションに行くのは億劫なので「メールはやめた。やっぱり電話だけでいい」となってしまった。「せっかくお父さんがやる気になってたのに」と残念がる家内。

最近TU-KAが導入したメール機能も液晶モニタも排した『ツーカーS』(KYOCERA)だったらどうだろう。
形も使い方も普通の電話の子機だけのようなものだから、高齢者も使いやすいというのがセールスポイントなんだろう。これにすればよかったのかも知れない。
ただ見たところ「アドレス帳」のようなボタンが無い。同社のWebサイトを観てもアドレス帳はおろか短縮ダイアルの機能も無いようにうかがえる。
シンプルなのは評価するけど、家の電話でも短縮ダイアルぐらい使うのではないだろうか? その度電話番号をダイアルするのは手間がかかる。まして年配の人は。ちょっとシンプルすぎる。やっぱりダメか。

持病もあるし高齢なので『GPS』機能とやらも使えたら安心なのにと思うが、義母はやはりパソコンも携帯も使えないので、仮に義父に持たしても義姉や家内が遠くから利用するしかない。緊急事態には役不足だ。

携帯電話って確かに便利だが、使えない人だっているのだ。各社仕様がバラバラだし。
別に世間を代表ぶるつもりは無いけど、身内でこういうことに直面するととても切ない。
ケータイなんてそもそも無くてもいいモノかも知れないけど、せっかく進歩した技術なら弱者に活かされてもいいじゃん。活かされるべきだ。もっともっと企業努力しやがれ。ムービー写メールとかどうでもいいから。言葉や聴覚に支障がある年寄りに使いやすいメール考えろ。

何かいい手は無いものか。
| nobuoka | 森 一久 | 23:31 | comments(0) | - |
リハビリ
ずいぶんさぼってしまった。
いろいろあったともなんにもなかったとも言えるのだが「年末ぐらい有終の美を飾ろうじゃないですか」という信岡君の姿勢に賛同ということでボソボソいきます。
始めたころにも書いたが、ほんっとに昔っから僕は日記が続けられない。(日記といっても公開前提だし本来の日記じゃないとは思うが)反省とか考察いうよりも、欠陥なのか特殊なのかわからないが自分でも呆れるというか諦めというか、とにかく独りだとこの企画でもフェードアウトしてたんじゃないだろうか。
(関係ないが所謂ロールプレイング・ゲームとやらも続かない)

ということで、僕と佐藤君=ドングリの背比べ組のブランクと信岡君の功績により思ったんだが、当初は『リレー日記』としていたのを、リレーとかやめちゃって「全員なるべく毎日書いてみる。当然被っても良し」としてみてはどうだろうか? ライブも近いし。12月のカレンダーをオール・クリッカブルに。

とはいうものの12月。みんな忙しい。このページで一見一番時間がありそうな僕はこんな出来損ないだし、全部埋まるか不安になってきた。人生は不安だらけだ。

でも何とかやってみたいと今日は思った。
佐藤君も僕などさっさ踏み越えていってね。
| nobuoka | 森 一久 | 21:39 | comments(0) | - |
粘土の手触り
大学時代は美術学科にいたので、1〜2年の間は油彩から版画、彫刻にいたるまでいろいろな実習を広く浅く齧ることが出来た。その後結果的には現代美術という何でも有りで訳のわからないゼミに進んでしまったのだが、今思うと版画、特に銅版を専攻しても良かったと思う。
彫刻の実習も面白かった。軽くさらうだけなので実に初歩的な実習で、偉そうに「彫刻」とも呼べないレベル、つまりはただの粘土遊びだったが、神の立場で「それを存在させる」のは単純に楽しいものだ。
粘土の塊を叩いたりちぎったり木ベラで削ったりして大まかに面をとったら、指で骨格を意識しながら肉を整えていく。
そのプロセスの手触りに陶酔する。

一昨日のモンドリアンのスタジオ練習の音源を何度も聴いていると、ふとそのことを思い出した。
| nobuoka | 森 一久 | 07:00 | comments(0) | - |
病院レポート その1
きょうは胃の内視鏡検査(所謂“胃カメラ”)と腹部エコー検査を受けて来た。
ほんとは病院名を晒したいところだがインターネットの恐さを考えると攻撃だけに終わらなそうだし、もう暫く世話になると思うので、今回は内弁慶にて泣き寝入りする事にする。

別件で訪ねたその病院だが、持病の胃潰瘍の症状の方が現状ヤバいということで、その医師が消化器科も専門にしてるとのこと「じゃあこの際」という運びになってしまった。
世間じゃ「苦しい」と嫌がられる胃カメラだが、以前通っていた病院をあわせれば僕が飲むのは通算5本目、それなりに飲み込むコツも心得てるつもりだったので気楽に構えて家を出た。腹部エコーも2回目だし、あれは痛く無い。

検査に関する禁忌病歴の確認後、お馴染みゼリー状の咽頭麻酔(キシロカインビスカス)を10分。
担当ナースは結構可愛いし仕事ぶりもしっかりしている。よしよし。……ん? 以前の病院なら咽頭麻酔の最後にスプレー(キシロカインポンプスプレー)を使ったのに今日はいいのかな? でも病院の方針とか医師の判断なんていろいろ違うもんなんだろう。素人が知ったかぶりしちゃいけない。

で、いざ胃カメラかと思うとその前に腹部エコー検査にまわされる。そう僕は胆石だって持ってるのだ。
何故か診察室。これも以前の病院なら、というか多分普通は検査室なんじゃないの? まぁいいかとベッドに横になると壁際の書類棚にエコーのモニタが。うーん…。

どたばたとカーテンだけ閉めてエコー検査が始まる。
電気剃刀の先端が丸くなったようなセンサーで、潤滑剤を塗りたくったお腹のあちこちをヌルヌルグリグリと擦り廻される。
本来痛い種類の検査じゃ無いはずなのに、肋骨や骨盤を強くゴリゴリやられると、いくら滑らかな器具とはいえ結構痛い。それでなくても胃の周辺は痛いに決まってるのだから激痛。

そうだ先週の診察でも感じたことだが、その医師はハッキリ言ってがさつだ。先週などは手足の痛みを確認(つまり足を握ったり)した直後に消毒してないその手のまま下目蓋に触れてチアノーゼを確認したり、問診中に患者の僕の言葉を途中で遮ったり。(ほんとはここで見限るべきだった)

しかしエコー検査中モニタを見せてくれながら「あぁこれが胆石ね。ほぉらここにも。(えぇっ1個じゃないの!?)あ、ポリープもあるねぇ。こことかこことか(いっぱいかよぉ…)」と説明してくれたのはちょっとだけ評価出来るのかも知れない。
「なんか治療しなくていいんですか?」と訊いてみたが「あ、大丈夫」とその医師。
確かに胆嚢結石は胆管に詰まったりして痛みを発症しない限り、あまり具体的な治療はしないもんらしいが……。

失望と不安と怒りを温めながらやっと胃カメラへ。
そうすぐ切れるもんじゃ無いとは思いつつ、せっかくの咽頭麻酔の持続に不安が。これだったらエコーの後に麻酔すりやいいのに。

ここで胃カメラの前処置の切り札の胃動を止める筋肉注射(ブスコバン)を打たれる。
ご存じの人には分ってもらえると思うが、これはものすごく痛い。これはナースのテクとは無関係に誰がどうやっても痛い。

そしてまたもや不思議な事に今度はレントゲン台に立たされる。胃カメラ用のベッドを兼ねているようだ。「今から台を倒しますから手すりに掴まってぇ」って今日はレントゲン関係ないよね? それに俺は指が痛いんだってば。

また以前の病院を持ち出すと、これまではカメラを飲む前に鎮静剤を静脈注射してもらっていた。上記に「カメラを飲むコツを得てる」なんて書いたがやっぱり苦しいのはゴメンだからだ。ちなみに鎮静剤はセルシン(ジアゼパム)かオピスタンかロヒプノール(サイレース)で、これはとっても気持ちイイ! 今回もうっとりと検査を楽しみたいので「鎮静剤お願い出来ますか?」と訊いてみたが、医師は自信があるのか「必要無いです」とあっさり断られる。普通は頼めば打つんだけど。

飲む。
ゴリゴリ…ゴボッ…ゴソゴソ…ゴボゴボッ…ズリズリ…ゴボゴボゴボッ…
案の定の嘔吐反射の応酬。オペレーティングも荒っぽいので不安や緊張による咽頭萎縮だけでは無い。はじめて失神しかけた。喉もカメラのエッジで切れた。訴えないけど。

検査後、診察室に戻り胃カメラのプリントを見ながら診断。
写真の僕の胃壁には見事な潰瘍の花が咲いていた。
そこで医師は「胃潰瘍ですね」
パッと見で判るって。
さらに「え〜とね、ピロリ菌って知ってますか?」
いいかげんにしてくれ。
ほぼ10年近くの胃潰瘍暦とヘリコバクター・ピロリの除菌に2回失敗している旨は、先週に話もしたしカルテに自分で書いあるじゃないか。

もう嫌だ。別件だって手後れにならないように相談してるのに検査や治療プランもあやふやだし、専門的な資格や知識は確かなんだろうが、とにかく患者に対する扱いが粗雑で臨床的な態度がなって無い。狭くて機材が散らかっているのは開業医なのにRA資格のプライドの誇示だけにもだろ。
僕は“ドクター・ショッピング”なんて余裕も無いし、医師に完璧を求めるつもりも無いし、なんなら荒っぽくて痛い事も我慢してもいいが、会話も出来ずカルテも読まない人とは関わりあいたく無い。

でもしかしカメラの際に生検(組織検査)で胃壁の細胞を採られてしまった。
これは癌の有無を検査する為で、癌家系の僕としては知っておきたい。検査の詳細は医師のレベルとは関係無く、癌細胞の有無がデータになるだけので信憑性もあるだろう。

ということで2週間後もここに来るしか無いのだった。
| nobuoka | 森 一久 | 02:25 | comments(0) | - |
変態万歳! その1
ミケランジェロの未知の彫刻が現れた。今年公開された『磔刑のキリスト』は、本国イタリアの研究者を驚かす。真に迫る肉体の造形に、天才の無名時代を知る手がかりが刻まれていた

特にミケランジェロに興味は無かったが、妻が勤め先から持ち帰った10月17日付けの日本経済新聞、2面にわたるこの記事の後半冒頭「ミケランジェロは死体の皮をはいでいた…」の書き出しに惹かれてしまった。
なんでもこの作品、十字架に磔られたキリスト象は同時代の彫刻家の作品にはよくあるものだが、郡をぬいて死体としてのディテールに長けているのだそうだ。中でも
(1)磔られている故の大胸筋の引きつり具合
(2)腐敗した内蔵が下がった事を示す腹部下方の膨らみ
の2点が他の彫刻家の作品にはみられない死体っぷりらしく、特に(2)においては、死後24時間以内の青年のモデルを解剖したであろうことが推測されるんだそうだ。当記事にある他の作家ジュリアーノ・ダ・サンガッロとバッチョ・ダ・モンテルーポの『磔刑のキリスト』の写真を見てみると、いわれてみれば確かに磔っぽさや死体っぽさは無く、妙に逞しくて不自然な感じがする。(それが“神々しい”のだと言われれば仕方が無いが)
既に複数の伝記にミケランジェロが若い頃から解剖に熱中していたことが記されているそうで、美術史に詳しい方ならご存じのことだったかも知れないし、昨今のその手の映画はこの辺を踏襲してたのかとも思うが、僕は全然知らなかったのでちょっと感服した。レオナルド・ダ・ビンチも解剖が好きで、こちらは人体そのものへの興味だったそうだが、ミケランジェロはあくまで創作目的の解剖なんだそうだ。僕はリアリズム至上主義者では無いが「リアルにするなら徹底的にやって欲しい」と思う方なので、当時の御法度を破ってまでの情熱は見上げたもんだ。

記事の後半、伝記から
あまりに長い年月、解剖を続けたのでついには胃をすっかりいためてしまい、食べても飲んでも腹が受けつけなくなった」と付け加えられていたが、当初は作品の為に始めたことが、途中から解剖そのものが病み付きになったんじゃないかとも思ったりする。
| nobuoka | 森 一久 | 23:41 | comments(0) | - |
JUMP THEY SAY
去年の7月からちょうど今頃までの間、とある会社に勤めていたことがあった。
その会社は名前こそ出せないが結構メジャーな会社で、正社員はもちろんスーツ、僕のような契約社員は「ビジネスカジュアル」(=社内規定に沿った地味な私服)に身を包み、勤務中は常に社員証を首から吊るし、社内で出会う人とは必ず挨拶を交わし…つまり普通のちゃんとした会社だった。
僕は今までそういう団体に席を置いたことが無いので短いながらも在籍中、仕事の大変さもさることながら、社内でのマナーに戸惑い常に激しく緊張していた。
もともとビジネスマン的倫理とやらに疎く、昼休み食事の買い物に行く時にくわえタバコしていたら上司に見つかってお目玉を食らったり、シャツの裾をタックインするのしないのでもめたり、良い歳をした社会人としては非常に恥ずかしいことをしでかしたものだ。

昨日はちょっと用事があって1年ぶりにその会社に行ってきた。
人事課は僕が居た制作課と別の建物の4階にあり、そこはセキュリティもしっかりしていて、入退室もカードキーが無ければ叶わない。入社したての頃などはカードキーの読み込みに失敗してしまい、5人の警備員がやって来るという騒ぎをおこしたこともある。
昨日の僕は、この間の野外ライブの際に泥まみれになったままのアーミーパーカーを羽織い、ウォークマンでモンドリアンの練習音源を爆音で聴きながら4階まで辿り着き、無事用を済ませた。
電話でアポイントはとっていたものの、相当場違いないでたちには間違い無く、いつ警備員がやってきてもおかしくない。平静を装いつつもうっすらとヒヤヒヤしながらの敢行だった。
もちろん嫌がらせのつもりなどでは無く、ちょっと寒かったし急いでいたので取り繕った服装だったのだが、やっぱり失礼だったろうか。それ以前に泥だらけで電車乗るなよぉという話もあるが。でも極端とはいえ泥だらけのパーカーを羽織った僕こそが、正に今の僕なのだ。レインスーツだともっと良かったんだが。

帰りはそのビルの喫煙所になっている1階の裏エントランスでタバコを吸い、見覚えのある三毛猫を撫でて帰った。
| nobuoka | 森 一久 | 23:36 | comments(0) | - |
Check MySpace !

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>
MOND'RIEN HOME PAGE TOP

このページの先頭へ